私が住む韓国の食|発酵が息づく毎日の食卓

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韓国の食に発酵が当たり前にある理由

韓国で暮らし始めてまず驚いたのは、発酵食品が「特別なもの」ではなく、日常そのものに溶け込んでいることでした。日本でも味噌や醤油、漬物など発酵文化は身近ですが、韓国ではその存在感がさらに一歩、生活の中心に近い位置にあるように感じます。冷蔵庫を開けると、必ずと言っていいほど発酵食品が並び、それが毎日の食事の軸になっています。

なぜ韓国では、ここまで発酵が当たり前になったのか。その背景を考えると、気候や保存の知恵、そして土地で育つ作物との関係が見えてきます。韓国は寒暖差が大きく、四季の移り変わりがはっきりしています。保存性を高める工夫として、発酵はとても理にかなった方法でした。

保存から始まった、暮らしの知恵

もともと発酵は、長く食べ物を保つための手段でした。野菜や穀物をそのまま置いておくことが難しい環境の中で、塩や時間を使い、食材を変化させながら大切に食べ続ける。その積み重ねが、韓国の発酵文化を育ててきたのだと思います。特に赤土で育つ野菜は、保存しながら使い切る工夫と相性がよく、発酵という形で暮らしに根づいていきました。

韓国では「発酵食品=健康のために意識して食べるもの」というより、「気づいたらいつも食卓にあるもの」という感覚が近いです。意識せずとも、スープや副菜、調味料の中に自然と発酵の要素が含まれていて、それが料理のベースになっています。

特別じゃないから、続いてきた

印象的なのは、発酵食品が決して構えた存在ではないことです。高級なもの、特別な日に食べるものというより、家ごと、地域ごとに受け継がれてきた味があります。手間をかけすぎず、でも手を抜かず、生活のリズムに合わせて発酵と付き合ってきた姿勢が感じられます。

日本の発酵文化が「繊細さ」や「整った味」を大切にしてきたとすれば、韓国の発酵文化は「重ねること」や「育て続けること」に重きを置いてきたようにも思えます。新しいものを足しながら、古いものを使い切り、また次につなげていく。その循環が、発酵を通して自然に行われています。

発酵が特別なテーマとして語られるのではなく、日々の食事の一部として息づいていること。それこそが、韓国の食に発酵が深く根づいている理由なのだと、暮らしの中で実感しています。ここから先は、そんな発酵文化を支えている具体的な食品たちを、もう少し身近な視点で見ていきたいと思います。

キムチだけじゃない、食卓を支える発酵食品たち

韓国の発酵文化というと、まず思い浮かぶのはキムチかもしれません。確かにキムチは象徴的な存在ですが、実際に暮らしてみると、それは発酵文化のほんの入り口にすぎないと感じます。韓国の食卓には、名前を意識せずとも発酵された食品がいくつも並び、それぞれが料理の流れを自然につないでいます。

たとえば、味の土台として欠かせないのが、さまざまな「ジャン」と呼ばれる発酵調味料です。味噌に近い存在のものもあれば、よりコクや深みを感じさせるものもあり、家庭ごとに微妙な違いがあります。市販品も多く出回っていますが、味の選び方にはその家の好みや食のリズムが反映されているように感じます。

キムチは一種類ではない

キムチとひとことで言っても、その種類は驚くほど豊富です。白菜だけでなく、大根、きゅうり、ねぎ、えごまの葉など、季節の野菜ごとに作られるキムチがあります。市場を歩くと、その時期ならではのキムチが並び、季節の移ろいを感じることができます。

日本ではキムチは「おかず」という印象が強いかもしれませんが、韓国では料理の脇役としても主役としても登場します。炒め物に使われたり、スープに溶け込んだりと、発酵の進み具合によって役割が変わるのも特徴です。一度作ったものを、時間とともに使い分けていく感覚は、とても合理的でありながら、どこかおおらかでもあります。

発酵は調味料として存在している

韓国の発酵食品の面白さは、「そのまま食べる」よりも、「料理の一部として溶け込む」場面が多いところにあります。スープや煮込み、和え物など、完成した料理の中に自然と発酵の要素が入り込み、味に奥行きを与えています。発酵を前面に出すというより、料理全体をまとめる役割を果たしている印象です。

この感覚は、日本の味噌汁やだし文化ともどこか通じるものがありますが、韓国ではより重ね使いがされる傾向があります。ひとつの料理に複数の発酵食品が使われることも珍しくなく、それが味を複雑にしながらも、どこか落ち着いた印象にまとめてくれます。

実際に韓国で食事をしていると、発酵食品を「意識して食べている」感覚はあまりありません。ただ、気づけば毎食のように発酵が関わっている。それが、韓国の食文化の自然さであり、長く続いてきた理由なのだと思います。

キムチを入り口にしながら、その奥に広がる多様な発酵食品たちを知ると、韓国の食はぐっと立体的に見えてきます。次は、こうした発酵が、家庭料理の中でどのように使われ、日々の食卓を支えているのかを、もう少し具体的に見ていきたいと思います。

 

発酵が料理のベースになる韓国の家庭ごはん

韓国の家庭ごはんに触れていると、発酵食品は「添え物」ではなく、料理全体を支える土台のような存在だと感じます。レシピを見なくても、味の方向性は自然と決まっていて、その中心には発酵があります。特別な技術というより、長年の暮らしの中で身についた感覚に近いものです。

たとえば、スープひとつとっても、ベースになる味はとてもシンプルです。そこに発酵調味料が少し加わることで、味が完成に近づきます。何種類も調味料を足すのではなく、発酵の力を借りて、全体のまとまりを作っている印象です。そのため、家庭ごとに微妙な違いはあっても、どこか安心感のある味に着地します。

毎日の料理に発酵が溶け込む感覚

韓国の家庭料理では、「今日は発酵食品を使おう」と意識することはほとんどありません。すでに台所の基本が発酵を前提として成り立っているため、自然と使われています。冷蔵庫に常備されている発酵食品を、料理の流れの中で少しずつ使っていく。その積み重ねが、日々の食卓を形づくっています。

発酵食品は、時間とともに味わいが変化します。その変化を前向きに受け止め、料理に活かす柔軟さも印象的です。少し発酵が進んだものは火を通す料理に使い、穏やかな状態のものはそのまま食卓へ。無理に一定の状態を保とうとせず、変化そのものを受け入れていく姿勢が、家庭ごはんの中に自然と根づいています。

手早さと奥行きが共存する理由

韓国の家庭料理は、意外なほど手早く作られることが多いです。それでも物足りなさを感じにくいのは、発酵があらかじめ味の奥行きを担ってくれているからかもしれません。下ごしらえに長い時間をかけなくても、料理としての完成度が保たれる。その点は、忙しい日常にとてもよく合っています。

また、発酵食品は料理を選ばず、さまざまな食材と組み合わせやすい存在でもあります。野菜、肉、魚、どれと合わせても大きく外れることがなく、全体をまとめてくれる安心感があります。家庭ごはんが続いてきた背景には、こうした使いやすさも関係しているように思います。

日本の家庭料理が、だしや素材の持ち味を大切にして組み立てられてきたとすれば、韓国の家庭料理は、発酵を軸に味を重ねていくスタイルと言えるかもしれません。どちらも日々の暮らしに寄り添いながら育ってきたもので、その違いが食卓の雰囲気を形づくっています。

発酵が料理の中心にあることで、韓国の家庭ごはんは、派手さよりも持続性を大切にしているように感じます。毎日食べても飽きにくく、体にも気持ちにも負担をかけにくい。その感覚は、実際に暮らしてみてこそ実感できるものです。

こうした家庭ごはんの積み重ねが、韓国の発酵文化を特別なものではなく、日常の一部として支えてきました。次は、発酵文化を知ったうえで、韓国の食がどのように身近に感じられるようになるのか、その視点で締めくくっていきたいと思います。

発酵文化を知ると、韓国の食がもっと身近になる

発酵文化を知ったあとに韓国の食卓を見ると、これまで何気なく食べていた料理の印象が少し変わってきます。キムチや発酵調味料は、目立つ存在でありながら、実は主張しすぎることなく、料理全体を静かに支えています。その姿は、暮らしの中で長く使い続けられてきた理由を、言葉にしなくても教えてくれるようです。

韓国での食事は、「今日は何を食べようか」と考える前に、「家にあるものでどう整えるか」という感覚に近い気がします。冷蔵庫の中にある発酵食品を中心に、野菜や肉を組み合わせ、その日の体調や気分に合わせて料理を組み立てていく。その流れはとても自然で、無理がありません。

日本から見ると、韓国の発酵文化は少し濃く、力強いものに映るかもしれません。でも実際には、毎日の生活に寄り添った、穏やかな存在です。発酵は特別な知識や意識がなくても、日々の食事の中で自然と取り入れられています。それが「続いてきた文化」であることを、暮らしていると実感します。

また、発酵があることで、食事に対する考え方にも余白が生まれているように感じます。完璧な味を目指すのではなく、その日の状態を受け入れながら調整していく。少し味が変わっても、それを活かす道を選ぶ。その柔らかさが、韓国の家庭ごはんには息づいています。

日本の発酵文化と比べてみると、共通点も多く見えてきます。味噌や醤油、漬物と同じように、韓国の発酵食品もまた、台所に欠かせない存在です。ただ、その使われ方や距離感が少し違うだけで、どちらも土地や暮らしに根ざした知恵の積み重ねであることに変わりはありません。

韓国の食をより深く楽しむために、難しい知識を覚える必要はありません。まずは、発酵が「特別なものではない」という視点を持つだけで十分です。そうすると、レストランで食べる一皿や、市場で見かける食材の背景に、暮らしのリズムや時間の流れが見えてきます。

発酵は、目には見えないけれど、確かにそこにある存在です。静かに味を育て、料理を支え、人と食をつないできました。韓国で暮らしながらその文化に触れていると、食べることが日常を整える行為であることを、あらためて感じさせられます。これからも、発酵が息づく韓国の食を、日々の生活の中で味わい続けていきたいと思います。

 

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